大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1827号 判決

原告 破産者乾武重 破産管財人 松田英雄 外一名

被告 深井紙器株式会社 外一名

主文

一、被告深井紙器株式会社は原告らに対し金九〇二、五二七円およびこれに対する昭和四五年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告深井多賀子は原告らに対し金九六〇、四五八円および内金七八〇、四五八円に対する昭和四五年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用中、原告らと被告深井紙器株式会社との間に生じたものはこれを二分しその一を原告らの負担その余を同被告の負担とし、原告らと被告深井多賀子との間に生じたものは同被告の負担とする。

五、この判決の主文一および二項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告ら)

一、被告深井紙器株式会社は原告らに対し金一、六二七、二八五円およびこれに対する昭和四五年四月二六日から宗済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告深井多賀子は原告らに対し金八一〇、四五八円およびこれに対する昭和四五年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告深井多賀子は原告らに対し日産ホーマートラツク一台を引渡せ。(もし右引渡ができないときは)金二五〇、〇〇〇円を支払え。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

五、右一ないし三項につき仮執行の宣言。

(被告ら)

一、請求棄却。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、原告らの請求の原因

一、破産者乾武重(以下、破産者という)は株式会社鈴井商店ほか一〇名の債権者に対し多額の債務を負担し、資金欠乏のため昭和四四年七月二五日支払不能となり、債権者よりの破産申立によつて同年一一月一四日午後一時大阪地方裁判所において破産の宣告を受け原告らは同日その破産管財人に選任された。

二(一)、破産者の被告深井紙器株式会社(以下、被告会社という)に対する昭和四四年七月一五日現在の買掛債務額は一、三五四、九二八円であつた。

(二)、被告会社は前同日破産者の有する左のごとき売掛債権合計一、七四九、四五七円の譲渡を要求したので破産者はこれを承諾し被告会社に譲渡した。

1、大光電機(株)に対する六月分売掛金四三五、〇九八円

2、同 七月分売掛金五四七、九五七円

(但し、以上実際取立額は八八五、五五五円)

3、寺崎電気販売(株)に対する六月分売掛金二四二、八二六円

4、同 七月分売掛金一九七、一六四円

5、吉村電機(株)に対する七月分売掛金一六四、六七二円

(但し、右実際取立額は一四〇、〇〇〇円)

6、新建化工(株)に対する七月分売掛金一六一、七四〇円

(三)、右譲渡した売掛債権は破産者が翌月以降に集金すべき売掛代金のほとんど全額であり破産者の主要な財産であつた。

(四)、右譲渡に際し破産者は一般債権者を害することを知つていた。

三(一)、被告深井多賀子(以下、被告という)は被告会社の代表取締役深井正雄の妻である。

(二)、破産者はかねて被告より自己の営業の運転資金として一、二〇〇、〇〇〇円を借用していた(内訳、昭和三九年九月一〇日五〇〇、〇〇〇円借入、返済期日同四三年一二月三一日、同四〇年一〇月二〇日四〇〇、〇〇〇円借入、返済期日同四三年一二月三一日、同四三年一一月一〇日三〇〇、〇〇〇円借入、返済期日同四四年五月三一日)。

(三)、被告は昭和四四年七月一五日に破産者の有する左の1ないし3の債権の譲渡および同月一九日に同じく4の代物弁済を要求したので破産者はこれを承諾し被告に対し右債権譲渡および代物弁済をなした。

1、手形、小切手(他店券)額面合計六三〇、四五八円

内訳

債務者 金額

(1) 、つるや          小切手 九、八五〇円

(2) 、開西ホピース         〃 八、〇〇〇円

(3) 、朝日屋            〃 二三、五〇〇円

(4) 、森下製函           〃 六三、三三〇円

(5) 、明坂             〃 一七、四六〇円

(6) 、イーグル株式会社       〃 四、三二〇円

(7) 、セイコー商事(福井商会振出) 約束手形 三〇、〇〇〇円

(8) 、吉村電気           〃 一五七、三七五円

(9) 、明坂(福井商会振出)     〃 三〇、〇〇〇円

(10)、明坂(田辺自動車振出)    〃 一七、〇〇〇円

(11)、新建化工           〃 二六九、六二二円

2、破産者が賃借していた営業用事務所の賃貸借保証金返還債権一三〇、〇〇〇円

3、破産者名義で右事務所に設置してあつた電話加入権(五〇、〇〇〇円相当)

4、破産者所有の営業用の日産ホーマトラツク(評価額二五〇、〇〇〇円)

(四)、右譲渡および代物弁済に際し破産者は一般債権者を害することを知つていた。

四、右破産者の被告会社に対しなした債権譲渡、被告に対しなした債権譲渡および代物弁済は破産法七二条一号に該当するので原告らはこれを否認し、被告会社に対し右譲渡を受けた債権の取立金額合計一、六二七、二八五円とこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和四五年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求め、また、被告に対し右譲渡を受けた債権の取立ないし換価金額合計八一〇、四五八円とこれに対する前同日から完済まで年五分の割合による金員の支払と右代物弁済を受けた日産ホーマトラツクの引渡を求め、もし右トラツクの引渡ができないときはその価額たる二五〇、〇〇〇円の支払を求める。

第三、請求の原因に対する被告らの答弁

一、請求の原因一の事実は認める。

二、同二(一)の事実は争う。

三、同二(二)の事実は認める。

四、同二(三)、(四)の事実は不知。

五、同三(一)の事実は否認。被告は深井正雄の兄である善雄の妻である。

六、同三(二)、(三)の事実は認める。但し、日産ホーマトラツクの評価額は争う。

七、同三(四)の事実は不知。

八、同四の主張は争う。

第四、被告らの抗弁

一(一)、被告会社は昭和四四年七月一五日当時同会社の破産者に対する売掛債権二、六九五、八九三円に対する代物弁済として本件債権譲渡を受けたものであるが、右譲渡を受けた破産者の売掛債権のうち左に記載するものは、被告会社が破産者に売渡した商品(動産)を破産者が更に第三者たる転売先に転売したことにより破産者が転売先に対して有するに至つた転売債権である。

1、請求の原因二(二)1、2の大光電機(株)に対する昭和四四年六、七月分(五月一九日から七月一五日までの取引分)の債権中別表の(一)のB欄中債権額欄の合計八四八、九九二円

2、同3の寺崎電気販売(株)に対する昭和四四年六月分(六月四日から三〇日までの取引分)の債権中別表の(二)のB欄中債権額欄の一六、五七五円

3、同5の吉村電機(株)に対する七月分(六月一六日より七月一七日までの取引分)の債権全部であつて別表の(三)のB欄中債権額欄の合計一六四、六七二円

4、同6の新建化工(株)に対する七月分(六月二一日より七月一七日までの取引分)の債権中別表の(四)のB欄中債権額欄の合計一五三、八四〇円

以上合計一、一八四、〇七九円

そして、別表中各B欄に対応する商品名欄およびA欄に記載されているのが右各B欄記載の転売の対象となつた商品の内容および転売の原因(仕入取引)たる破告会社より被産者への売買の内容である。

(二)、ところで、およそ否認権の対象となる行為は破産債権者の共同担保を減損させる行為であるから破産債権者の共同担保とならないものの処分は否認権の対象にならないものであり、動産売買の先取特権の目的物をもつて先取特権者に代物弁済をなした場合右代物弁済は特段の事情のない限り他の破産債権者を害する行為に該当せず否認権の対象となりえないものである(最判昭和四一年四月一四日民集二〇巻四号六一一頁参照)。そして前記(一)の1ないし4の転売債権に対しては被告会社の破産者に対する動産売買の先取特権に基づく物上代位の効力がおよび、従つて破産法上別除権が生じるものであるから、仮りに右転売債権が代物弁済に供されず破産財団中に残存していたとしてもそれが被告会社の有する先取特権の対象となつている限り一般債権者への配当は期待できないのであり、右債権による代物弁済はなんら破産債権者を害するものではなく否認権の対象にならないものである。

(三)、なお、否認権の要件たる破産債権者の共同担保の減損の有無と差押の有無とは全く別個の問題であり、先取特権の行使としての差押の方法をとらず、代物弁済の方法で債権の回収を図つたとしても、それにより破産債権者を害することがないことには変りはない。

二、被告会社は本件債権譲受当時一般債権者を害することを知らなかつたものである。

(一)、被告会社は段ボールケース等の紙製品の製造卸商であり、破産者は当初被告会社に勤務していたが昭和三八年ごろ独立した後は、被告会社から破産者に対して段ボールケース等を売掛け、同人は多少の利益を得て、同会社から買入れた商品をそのまま他に転売する形で取引をなしていた。

(二)、破産者の被告会社に対する代金支払は、破産者が右転売先から回収したいわゆる廻り手形を被告会社に裏書譲渡する約定で決済してきた。その間例外的に一部破産者振出の約束手形を受領したこともあるが、被告会社はその都度強く破産者に対し約定通りの廻り手形による決済を求めていた。

(三)、ところが、昭和四四年五月分、同六月分については破産者は適当な廻り手形を持つていなかつたため、同人の申出により代りに本件の売掛代金債権の譲渡を受けたものであり、従来の約定どおりの決済方法を実行したにすぎないものである。

(四)、ところで、本件債権譲渡を受けた昭和四四年七月一五日現在においては、破産者も被告会社その他の取引先に対し更に事業を拡張する計画がある旨述べており、被告会社においても破産者に対する納品予定の商品も製造していた実状である。

(五)、よつて、被告会社としては当時破産者が倒産するとか他の一般債権者を害するとかの事情は全く予測できない状態であつた。

三、被告は本件債権譲渡および代物弁済当時一般債権者を害することを知らなかつたものである。

(一)、被告は破産者が被告会社に勤務していたころから個人的に知合つており、原告ら主張のごとき合計一、二〇〇、〇〇〇円の営業資金の貸付けも夫には内密に被告個人の金でなしたものであるが、破産者は弁済期を徒過しており同人よりの申出もあつたので本件債権譲渡および代物弁済を受けたものである。

(二)、被告は破産者との間にはなんら取引関係はなく、従つて、当時破産者が経営困難であることは全く知らず、かえつて、破産者より新たな資本家を得て事業を拡張する計画があると聞かされていたものである。

(三)、もつとも、被告は昭和四二年ごろ半年くらいの間破産者の店を手伝つたことがあるが、そのころは破産者の営業は順調であり、その後被告は破産者の営業には全く関与していなかつた。

(四)、また、破産者は昭和四四年に入つても倒産までの間被告に対し、自分の腕で得意先を沢山取つてきているとか営業が順調に行つているような話をしており、被告にイヤリングや腕時計を買い与えたこともある。

(五)、よつて、被告としては、本件債権譲渡および代物弁済を受ける際に破産者の営業が不振であるとか、右行為により他の債権者を害するとかの認識は全くなかつたものである。

第五、抗弁に対する原告らの答弁

一、抗弁一(一)の事実は否認。なお、仮りに右事実が認められるとしても、動産売買の先取特権の物上代位の行使の要件として、先取特権の目的物の売買代金の請求権を差押しなければならないところ、右差押の目的は目的物の代表物の特定性を保全するとともに物上代位の公示手段であるというのが判例の見解である(大判大正一二年四月七日民集二巻二〇九頁参照)。本件のごとき破産者と先取特権者との任意の債権譲渡による先取特権の物上代位権の行使を認めるならば、物上代位の公示手段がなく目的物の代表物の特定性の保全すら行なうことなく物上代位権の行使を許すことになり、法理上不都合な結果となる。

二、同二の抗弁事実中、(一)の事実は認めるが、その余は否認。

三、同三の抗弁事実は否認。

第六、証拠〈省略〉

理由

I、被告に対する請求について

一、原告らの請求の原因一項および三項の(二)、(三)(但し、トラツクの評価額の点を除く)の事実は当事者間に争いがない。

二、右事実のほか、成立に争いない甲六号証、証人の証言(一部)および被告の供述(一部)を総合すれば、破産者は本件債権譲渡および代物弁済当時被告に対する一、二〇〇、〇〇〇円の債務を負担するほか他にも(株)鈴井商店等一〇名の債権者に対し多額の債務を負い、しかもその積極財産としては(後記被告会社への代物弁済に供した売掛代金債権のほか)被告への本件債権譲渡および代物弁済に供した財産を除いては他になんら目ぼしい財産はなく(不動産もない)、しかもその一〇日ないし六日後の昭和四四年七月二五日に破産者は支払不能となり倒産したものであるが、被告は右債権譲渡および代物弁済当時それまでは弁済期を徒過しながら強い督促もしていなかつた前記一、二〇〇、〇〇〇円の債権につき一挙にその大半を回収しようとして、当時破産者が取引先より集金してきた取引先振出の約束手形、小切手の大半と破産者が賃借していた営業用事務所の賃貸借保証金返還債権とか同人名義で同事務所に設置してあつた電話加入権とか同人所有の営業用トラツクといつた同人の営業用財産までその譲渡を受けたものであつて、本件債権譲渡および代物弁済は右のような状況において破産者から一債権者たる被告に対し破産者の財産の大半ないしほとんど全部を譲渡ないし代物弁済したものであるから、この行為の両当事者においては右行為が他の一般債権者を害するに至ることは十分これを知悉していたものというべきである。この認定に反する証人の証言部分、被告の供述部分はにわかに採用できない。なお、被告の抗弁三の(一)ないし(三)の事実が仮りに存在するとしても、未だ右認定を動かすに足りない。

よつて、破産法七二条一号によつて右債権譲渡および代物弁済を否認するという原告らの主張は理由があるというべきである。

三、ところで、被告の供述および弁論の全趣旨によれば、被告は右譲渡を受けた約束手形、小切手額面合計六三〇、四五八円についてはそのころその取立てを了したが、右賃貸借保証金返還債権については現実には一〇〇、〇〇〇円しか取立てられなかつたものであり、また、右電話加入権については同四四年九、一〇月ごろに五〇、〇〇〇円で、右トラツクについては一八〇、〇〇〇円でそれぞれ換価処分をしたことが認められ、他に反証もないので右処分額は本件否認権行使当時における時価にも相当するとみうるから、原告らの被告に対する本件否認権行使による本訴請求は本件譲渡を受けた債権(含電話加入権)についてはその返還に代えて合計七八〇、四五八円とこれに対する右取立てないし否認権行使日の後である昭和四五年四月二六日から完済まで年五分の割合による法定利息の支払を求める限度で理由があり、また、本件代物弁済を受けたトラツクについてはその引渡を求める請求は理由がないが、その引渡返還に代えて一八〇、〇〇〇円の支払を求める限度で理由があり、以上合計すると九六〇、四五八円および内金七八〇、四五八円に対する前同日から完済まで前同利息の支払を求める限度で理由があるので、理由ある部分を認容しその余を棄却することとする。

II、被告会社に対する請求について

一、原告らの請求の原因一項および二項の(二)の事実は当事者間に争いがない。

二、成立に争いない甲五号証の一ないし一三(但し、枝番六、九、一〇、一三は各一部)、同甲六号証(一部)、証人の証言により真正に成立したと認められる乙一号証の一ないし一一(但し、枝番四、六、八、九、一一は各一部)、証人の証言および弁論の全趣旨によれば、破産者と被告会社との間の取引に基づく破産者の被告会社に対する買掛代金債務の支払条件は前月二〇日までの取引分につき当月一五日が履行期ということになつていたところ、昭和四四年六月二〇日までの取引分の未払代金額の合計は一、九七七、四〇五円であり、結局、破産者の被告会社に対する昭和四四年七月一五日現在履行期の到来した買掛代金債務額は一、九七七、四〇五円であつたこと、また、同年六月二一日から同年七月一五日(同日で被告会社は破産者との取引を打切つた)までの取引分の未払代金額の合計は五〇九、六五六円であり、結局、破産者の被告会社に対する同年七月一五日現在履行期の到来していない買掛代金債務額は五〇九、六五六円であつたこと、がそれぞれ認められ、この認定に反するかのごとき甲五号証の六、九、一〇、一三の各部分、甲六号証の部分、乙一号証の四、六、八、九、一一の各部分はにわかに採用できない(昭和四四年六月二〇日までの取引分の未払代金額合計の算定根拠につき一言説明を加えておくと、破産者の被告会社に対する買掛帳(甲五号証の一ないし一三)と被告会社の破産者に対する売掛帳(乙一号証の一ないし一一)とを対照すると一致しない個所がいくつか存在するところ、売買代金支払ないし相殺に関する記帳については右売掛帳の記載に従つたものであるがとくに、右買掛帳(甲五号証の一〇)には昭和四四年六月二一日に破産者がその寺崎電気販売(株)に対する六月分の売掛代金債権六一七、二二六円を被告会社に対し譲渡して自己の同会社に対する支払に充てたかのごとき記帳がなされているが、前記売掛帳には右に対応する記帳はないうえ、原本の存在および成立に争いない乙三号証の三と四によれば破産者の寺崎電気販売(株)に対する六月分の売掛代金債権は全部で六二一、二二六円しかないのに、前記のように右売掛代金債権のうち二四二、八二六円については昭和四四年七月一五日に破産者より被告会社へ譲渡されたことに争いがないのであるから、右買掛帳の右記帳はこれと矛盾することになるので、右記帳の内容をにわかに採用することはできないといわなければならない)。

三、右一、二項の事実に前出甲五号証の一ないし一三、同甲六号証、同乙一号証の一ないし一一、原本の存在および成立に争いない乙二号証の一ないし七、同乙三号証の一ないし四、同乙四号証の一と二、同乙五号証の一ないし三、証人の証言および弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認められる。

被告会社は昭和四四年七月一五日、当時同会社の破産者に対する履行期の到来した売掛代金債権一、九七七、四〇五円および履行期未到来の売掛代金債権五〇九、六五六円の合計二、四八七、〇六一円のうち少くとも一、七四九、四五七円に対する代物弁済として、破産者の大光電気(株)に対する六、七月分売掛代金債権合計九八三、〇五五円、同じく寺崎電気販売(株)に対する六、七月分売掛代金債権合計四三九、九九〇円、同じく吉村電気(株)に対する七月分売掛代金債権一六四、六七二円および同じく新建化工(株)に対する七月分売掛代金債権一六一、七四〇円の合計一、七四九、四五七円なる売掛代金債権の譲渡を受けたものということができる。ところで、破産者はダンボールケース(以下、単にケースという)や包装材料一式の卸販売業を営んでいたもので、ケースについては大光電機(株)、寺崎電気販売(株)、吉村電気(株)、新建化工(株)等の得意先を有していたが、右得意先では破産者に対しケースを買入、注文する際に同ケースの外表に在中商品の名称、説明図や自己の営業所所在地、商号等指示どおりの印刷をなしたうえで納品してほしい旨の注文をするのが例であり、破産者としては得意先からかかる買入注文を受けるや被告会社や泉州ダンボール等のケース製造業者に対しこれが発注をなし、同製造業者においては前記注文どおりの印刷を施したケースを製造してこれを破産者に納入売渡し、破産者はこの売渡代金額に多少の利潤を加算した額でもつてこれを前記得意先に売渡すという業態をとつていた。なお、右の得意先の破産者に対する買掛代金債務の支払条件は、大光電気(株)と吉村電気(株)においては前月二〇日までの取引分につき当月一五日が履行期、寺崎電気販売(株)においては前月末日までの取引分につき当月二〇日が履行期、新建化工(株)においては前月二〇日までの取引分につき当月一〇日が履行期となつていた。そして、前記の業態よりして、ケース製造業者としては破産者にケースを納入する際、同ケースの破産者より更に販売される得意先がどこであるかを知ることができたし、また、破産者よりの支払については転売先振出の約束手形(廻り手形)等による支払を希望し、かつ実際にもかかる手形等で支払を受けることが多かつた。そして、被告会社が前記代物弁済として譲渡を受けた破産者の売掛代金債権合計一、七四九、四五七円のうち別表の(一)、(三)、(四)のB欄中の債権額欄記載のものは右B欄に対応する商品名欄記載の商品(いずれもケース)につき、対応するA欄記載のごとく被告会社が破産者に売渡したものを、同人が更にその得意先(転売先)に転売したことにより破産者が同転売先に対して有するに至つた転売代金債権であるということができる(なお、被告会社は別表の(二)の1についても同旨の主張をするかのごとくであるが、これについては被告会社より破産者への売買があつたことについての主張がなく立証も不十分であるので失当である)。ところで、被告会社と破産者との前記取引は昭和三八、九年ごろから始まり継続的取引として続いていたものであるが、遅くとも昭和四四年二月ごろよりは毎月の履行期に期限到来分の債務が完済されることはなく、一部の債務は未払のまま繰越され毎月累積残債務がいくらか宛存在していたものであるが、その間破産者より被告会社に対し支払われた弁済金は、反証もないので、履行期の先に到来し、また、先の売買にかかる商品についての売買代金から順次その支払に充当されたものとみるべきであるから、前記被告会社の破産者に対する昭和四四年七月一五日現在履行期の到来した売掛代金債権たる一、九七七、四〇五円は前記同年六月二〇日までの取引中一番最後のものから順次遡上つて右金額に至るまでのものについての売買代金と解すべきであるので、結局、同年四月一六日の取引の一部と翌一七日以降六月二〇日までの取引全部についての売買代金債権が未払のまま残存していたものというべきである(前記買掛帳および売掛帳参照)。従つて、本件代物弁済当時、別表の(一)の1ないし3の商品名欄記載の商品については、その売買代金債権たるA欄中の債権額欄記載の債権はすでに支払済であつて前記一、九七七、四〇五円中には含まれておらず、また、被告会社としてもその転売代金債権たるB欄中の債権額欄記載の債権のうえに動産売買の先取特権に基づく物上代位権を有してはいなかつたが、別表の(一)、(三)、(四)のその余の商品名欄記載の商品については、その売買代金債権たるA欄中の債権額欄記載の債権は未払であつて前記被告会社の破産者に対する履行期の到来した売掛代金債権一、九七七、四〇五円ないし履行期未到来の売掛代金債権五〇九、六五六円の中に含まれており、また、被告会社においてその転売代金債権たるB欄中の債権額欄記載の債権のうえに前記物上代位権を有していたというべきである。

四、ところで、動産売買の先取特権の目的となつている動産による右売買代金債権(被担保債権)に対する代物弁済は、売買当時に比し代物弁済当時に同動産の価格が増加していない限り、破産債権者を害するものではなく否認の対象にならないとされているところ、右動産が転売されて転売代金債権に変じていた場合においても、転売代金債権のうえに物上代位権がおよぶので、転売代金債権による前記売買代金債権(被担保債権)に対する代物弁済も、右転売代金債権額のうち前記動産の売買当時の価額を超えない範囲においては、破産債権者を害するものではなく否認の対象にならないというべきである。原告らはこの点に関し、否認の対象にならないというためには物上代位権行使の要件たる転売代金債権の差押を要すると主張するもののようであるが、先取特権の目的となつている動産の転売代金債権を売買代金債権(被担保債権)の代物弁済に供する行為が破産債権者を害するかどうかの問題は、右物上代位権の行使とはおのずから別個の問題であるというべきである。なお、右物上代位権行使の際に要件とされる差押の趣旨は、物上代位の目的物の特定性の維持手段にとどまらず、優先力保全手段あるいは公示手段でもあるとする従来の支配的判例の見解に立つとしても、右見解は担保権者による差押があるまでは物上代位権は発生しない(差押があるまでは転売による動産引渡により転売代金債権は発生するものの先取特権はいつたん消滅し差押によつて物上代位権として復活する)とまでいうものではなく、転売による転売代金債権発生と同時に同債権上に物上代位権は発生する(ただし、それを行使するには担保権者による差押が必要であるし、差押前に払渡されたり他より差押を受けたり他へ譲渡、転付等されたりするとその時点で物上代位権は消滅しまたは行使の余地がなくなる)というものと解すべきであるので、少くとも、転売代金債権につき、破産者が払渡を受けたり売買代金債権者(被担保債権者)以外の他者より差押を受けたり他者へ譲渡、転付されたりする以前に、売買代金債権者が代物弁済として転売代金債権につき債権譲渡を受けたという本件のような場合においては、たとえ同人において同債権を差押していなかつたとしても、物上代位権が発生しなかつたということはできないというべきである。

五、本件代物弁済は前記のように幾口かの転売代金債権を一括してなされているが、反証もないので、右代物弁済に供されたある転売代金債権は、その発生原因たる商品を破産者が被告会社より仕入れた際の当該売買代金債権(被担保債権)に対するものとして、換言すれば別表のB欄中債権額欄記載の債権は対応するA欄のそれに対するものとして、それぞれその弁済がなされたものとみるべきである。そして、反証もないので、被告会社より破産者への売買当時の商品の価額は少くとも別表のA欄中単価欄記載の単価額であつたとみることができるから、対応するB欄中債権額欄記載の債権額のうち、同欄中数量欄記載の数量に前記単価額を乗じた額の限度においては、右債権をもつてなした代物弁済は否認の対象とならないというべきである。ただし、前記のように、被告会社の破産者に対する売掛代金債権の履行期は毎月一五日(前月二〇日までの取引分につき)であるところ、破産者の転売先のうち大光電気(株)、吉村電気(株)に対する転売代金債権の履行期は右と同じであるが、新建化工(株)に対するもののみは履行期が毎月一〇日(前月二〇日までの取引分につき)であるので、別表の(四)の2ないし4についてはA欄中の債権額欄記載の債権の履行期は昭和四四年八月一五日であるのに対しB欄中のそれの履行期は同月一〇日であるから、右については前記のごとく数量に単価額を乗じた額のうち同月一一日から一五日までの間の商法所定年六分の割合の中間利息相当分に限つては否認の対象になるというべく、右部分を控除した残額についてのみ否認の対象にならないというべきである。かくして、右B欄中の債権額欄記載の債権のうち否認の対象にならない範囲を明らかにしたのが同欄中の否認の対象にならない額欄の記載である。そして、右欄記載の額を合計すると、大光電気(株)に対する売掛代金債権合計九八三、〇五五円中五五一、二八一円、吉村電気(株)に対する同一六四、六七二円中一一四、三三〇円、新建化工(株)に対する同一六一、七四〇円中一三〇、九五三円以上合計七九六、六五四円が否認の対象にならない額ということになり、これについての原告らの否認の主張は理由がないというべきである。

六、そこで次に、本件代物弁済に供された売掛代金債権のうち右否認の対象とならないとされた部分を除いた部分すなわち大光電気(株)に対する売掛代金合計中四三一、七七四円、寺崎電気販売(株)に対する同債権合計の全額四三九、九九〇円、吉村電気(株)に対する同債権中五〇、三四二円、新建化工(株)に対する同債権中三〇、七八七円についての否認の要件につき考えるに、前記当事者間に争いない請求の原因一項の事実および前記認定事実に、前出甲六号証、証人の証言(一部)および被告の供述(一部)を総合すれば、破産者は本件代物弁済当時被告会社に対する二、四八七、〇六一円(うち、履行期到来分は一、九七七、四〇五円)の債務を負担するほか他にも(株)鈴井商店等一〇名の債権者に対し多額の債務を負い、しかもその積極財産としては、前記被告(深井多賀子)への代物弁済に供したトラツク一台のほか、本件代物弁済に供した売掛代金債権を除いては他になんら目ぼしい財産はなく(不動産もない)、しかもその一〇日後の昭和四四年七月二五日に破産者は支払不能となり倒産したものであるが、被告会社は、本件代物弁済当日破産者に対し、集金日の例により、破産者がその取引先より集金してきた取引先振出の約束手形、小切手等による弁済を要求したが手許には一通も残つていない旨(そのときはすでに被告その他が弁済として交付を受け持帰つた後であつた)を知らされたうえで、その大半が履行期未到来の売掛代金債権の譲渡を要求し代物弁済を受けたものであり、また、破産者との取引を同日限りで打切つたものであつて、本件代物弁済は右のような状況において破産者から一債権者たる被告会社に対し破産者の財産のほとんど全部を代物弁済したものであるから、この行為の両当事者においては右行為が他の一般債権者を害するに至ることは十分これを知悉していたものというべきである。この認定に反する証人の証言部分、被告の供述部分はにわかに採用できない。なお、被告会社の抗弁二の(一)ないし(四)の事実が仮りに存在するとしても、未だ右認定を動かすに足りない。

よつて、破産法七二条一号によつて本件代物弁済を否認するという原告らの主張は前記否認の対象とならないとされた部分を除いた部分に関する限り理由があるというべきである。

七、ところで、前記当事者間に争いない請求の原因二項の(二)の事実、前出甲六号証および証人の証言によれば、被告会社は本件代物弁済として譲渡を受けた売掛代金債権につき昭和四四年八月二〇日ごろその取立てを了したが、一部取立先よりは破産者の納品した商品の付属品不足を理由に値引を要求されたため、大光電気(株)よりは売掛代金債権合計九八三、〇五五円のうち八八五、五五五円、吉村電気(株)よりは同債権一六四、六七二円のうち一四〇、〇〇〇円しか取立てることができなかつたものであるから、原告らの被告会社に対する本件否認権行使による本訴請求は、大光電気(株)に対する売掛代金債権合計中四三一、七七四円の返還に代えて、同額を右取立額八八五、五五五円につき(否認の対象とならない前記五五一、二八一円とで)按分した額たる三八八、九五〇円(円未満四捨五入)とこれに対する取立日の後である昭和四五年四月二六日から完済まで年五分の割合による法定利息の支払を求める限度、寺崎電気販売(株)に対する売掛代金債権合計の全額四三九、九九〇円の返還に代えて同額とこれに対する前同日から完済まで前同利息の支払を求める限度、吉村電気(株)に対する売掛代金債権中五〇、三四二円の返還に代えて、同額を右取立額一四〇、〇〇〇円につき(否認の対象とならない前記一一四、三三〇円とで)按分した額たる四二、八〇〇円(前同)とこれに対する前同日から完済まで前同利息の支払を求める限度、新建化工(株)に対する売掛代金債権中三〇、七八七円の返還に代えて同額とこれに対する前同日から完済まで前同利息の支払を求める限度でそれぞれ理由があり、以上を合計すると九〇二、五二七円とこれに対する前同日から完済まで前同利息の支払を求める限度で理由があるということになるので、理由ある部分を認容しその余を棄却することとする。

III、なお、I、IIを通じ民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川正孝)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例